東京地方裁判所 平成4年(わ)487号 判決 1992年10月30日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中一八〇日を刑に算入する。
理由
(罪となる事実)
被告人は、東京都練馬区《番地略》甲野信用金庫(本店所在地同都千代田区《番地略》、当時の代表理事A)関町支店の支店長として、同金庫から同支店の営業に関する委任を受けて、同支店の資金その他の財産の保管・管理等の業務を含め業務全般を統轄し同金庫に損害を与えることのないよう誠実にその職務を遂行すべき任務を有していたものであるが、いずれも自己の利益を図る目的で、
第一 平成三年二月二〇日午前一一時四〇分ころ、同支店において、Bに対する債務返済に必要な自己の預金口座への振込入金その他の資金がなく、したがつて、その送金に充てるべき資金がなかつたため、支店長としての右任務に背き、自己のために甲野信用金庫にその資金相当分の負担をさせることによつて振込入金することを決意し、同支店為替係C子に、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、同支店からBが株式会社乙山銀行築地支店に設けていたD子名義の普通預金口座に金四六〇〇万円を振込入金させ、それにより甲野信用金庫関町支店から乙山銀行築地支店に対する金融機関相互間の決済債務を生じさせて、同金庫に同額の損害を与えた。
第二 同月二一日午後三時五七分ころ、同支店において、自己に支払義務のある小切手を決済するのに必要な資金が二七九九万九〇〇〇円不足していたため、支店長としての右任務に背き、自己のために甲野信用金庫に右不足金額を上回る二八〇〇万円の負担をさせることによつて右金額を自己の当座預金口座に入金して小切手の決済をすることを決意し、同信用金庫支店庶務係兼当座預金係E子に、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、自己が同支店に設けていた自己名義の当座預金口座に金二八〇〇万円を入金させ、同額の当座預金債権を取得して、甲野信用金庫に同額の損害を与えた。
(証拠)《略》
(法令の適用)
罰条 それぞれ商法四八六条一項
刑種の選択 いずれも懲役刑選択
併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第一の罪の刑に加重)
未決勾留日数の算入 刑法二一条
(本件につきいずれも第二次予備的訴因の特別背任の罪を認定した理由)
一 検察官の主位的訴因は、いずれも電子計算機使用詐欺罪(刑法二四六条の二)であり、その要旨は、
「被告人は、前記甲野信用金庫関町支店の支店長をしていたものであるが、
第一 平成三年二月二〇日午前一一時四〇分ころ、同支店において、振込入金の事実がないのに、情を知らない同支店為替係C子に命じて、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、東京都港区内の信金東京共同事務センター事業組合に設置され、同金庫の預金残高管理・受入れ・払戻し、為替電文の発・受信等の事務処理に使用されている電子計算機に、Bが株式会社乙山銀行築地支店に設けていたD子名義の普通預金口座(預金残高一一九一万四四九四円)に四六〇〇万円の振込みがあつたとする虚偽の情報を与え、同電子計算機に接続されている全国信用金庫データ通信システム等の電子計算機を介して、同都目黒区内の株式会社乙山銀行東京事務センターの電子計算機に接続されている磁気ディスクに記録された前記残高に右四六〇〇万円を加算した五七九一万四四九四円であるとする財産権の得喪・変更にかかる不実の電磁的記録を作り、その結果Bに四六〇〇万円相当の財産上不法の利益を得させた。
第二 同月二一日午後四時ころ、右関町支店において、入金の事実がないのに、情を知らない同支店庶務係兼当座預金係E子に命じて、前記オンラインシステムの端末機を操作させ、前記信金東京共同事務センター事業組合の電子計算機に自己が同支店に設けていた自己名義の当座預金口座(預金残高マイナス二七九九万九〇〇〇円)に二八〇〇万円の入金があつたとする虚偽の情報を与え、同電子計算機に接続されている磁器ディスクに記録された前記自己名義口座の預金残高に右二八〇〇万円を加算した一〇〇〇円であるとする財産権の得喪・変更にかかる不実の電磁的記録を作り、その結果、二八〇〇万円相当の財産上不法の利益を得た。」
というものである。
しかし、当裁判所は、事案に鑑み、右の第一、第二の各訴因に対応して、第一次予備的訴因として、次の業務上横領の各訴因を、第二次予備的訴因として、前記認定と同旨の特別背任(商法違反)の各訴因の追加を命じ、検察官は、当初はその命令に従わなかつたが、最終的にこれに従い各予備的訴因の追加をした。その第一次予備的訴因の要旨は、
「被告人は、前記甲野信用金庫関町支店の支店長として、同支店の有する資金その他の財産の保管・管理を含め同支店の業務全般を統轄していたものであるが、同支店の資金等を同金庫のため業務上預かり保管中、自己の借金の返済資金等の手当てに窮したことから、その保管にかかる資金の一部を横領しようと企て、
第一 平成三年二月二〇日午前一一時四〇分ころ、同支店において、Bに対する債務返済に必要な自己の預金口座への振込入金その他の資金がなく、したがつて、その送金に充てるべき資金がなかつたことから、情を知らない同支店為替係C子に命じて、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、同支店の保有する資金のうち金四六〇〇万円を、自己の右債務弁済の用途に供するため、勝手に、Bが株式会社乙山銀行築地支店に設けていたD子名義の普通預金口座に振込入金させて送金し、これを横領した。
第二 同月二一日午後四時ころ、同支店において、自己に支払義務のある小切手を決済するのに必要な資金が二七九九万九〇〇〇円不足していたことから、情を知らない同支店庶務係兼当座預金係E子に命じて、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、同支店の保有する資金のうち金二八〇〇万円を、自己の小切手決済資金としての用途に供するため、勝手に、自己が同支店に設けていた自己名義の当座預金口座に入金させて、その資金を取得し、これを横領した。」
というものである。
当裁判所が第一次、第二次と二段にわたる予備的訴因の追加を命じたのは、横領と背任との限界につき種々の見解があることから、この点についての当事者の意見を十分徴したうえで判断をする必要があると考えたためである。
二 当裁判所の判断
1 刑法二四六条の二が「前条の外」と規定している趣旨について検討すると、前条すなわち同法二四六条の詐欺罪に当たる場合は、本来だまされる者があり、電算機はその結果単に入金、送金の手段として使用されているに過ぎないのに対し、そのような者がないためにいわば電算機自体がだまされているような関係に立つ場合であつて初めて、刑法二四六条の二の罪が成立するものと解するのが相当である。前者の場合には、電算機はまさに入金、送金の手段として使用されているに過ぎないから、虚偽の情報が内容となり不正の指令を与えるように見える行為であつても、それ自体を犯罪に問うこととしない趣旨を含むものと解される。なぜなら、そうでなければ、特に「前条の外」としないで、両者が同時に成立するものとして規定することで足りるものと解されるからである。銀行実務その他においては、古くは現金の直送により、その後は為替等によつていた入金、送金等が、現在では電算機のオンラインシステムにより行われるようになつており、電算機による入力が従前の入金、送金の手段にとつて替わつている現代においては、もつぱらコンピューターを不正に操作し、入金、送金があつたかのように偽装し、預金残高等を見掛け上増加させるなどして、事実上の利得を得る犯罪が可能になつたことから、刑法二四六条の二を設けて、これに対処することとしたものと解されるのである。したがつて、電算機の入力による入金、送金行為が、現実の入金、送金に伴う当然の手段であつて、架空の入金、送金をあたかも現実のそれがあつたかのように装う場合とは異なるものと見られる場合には、一見刑法二四六条の二の条項に該当する行為のように見える場合でも、その元となる従来の犯罪が成立するのであり、電算機の使用は、入金、送金を必要とする場合には必ず通過しなければならない過程にすぎないものとして、それ自体をもつて独立した犯罪を構成するものではないと解するのが相当である。すなわち、入金、送金の権限を有する者が、その権限を濫用する行為により入金、送金をした場合には、その濫用行為自体が犯罪を構成し、電算機による入金や送金はその犯罪に随伴する過程として理解するのが法の趣旨に即した解釈というべきであり、入金、送金が実際には行われていないと認められるのに電算機を使用して実際にあつたかのような見せ掛けを生ずる場合に、初めて刑法二四六条の二の虚偽の情報、不正の指令の要件を充たすこととなるものと解するのが相当である。
これを本件について見るのに、関係証拠によると、本件では、いずれも、入金、送金は支店長の命令により、支店の業務として行われていると認められる。すなわち、次長のFらは、支店長である被告人の指示であるからやむを得ないとの判断で、本来作成できない伝票を作成し、これを端末機を操作する係員に渡したうえ、オンラインシステムの端末機を操作させて入金、送金手続きをするように指示して、これを実行させているのであるから、この点において、その支店の業務として、支店の負担、計算において行われた行為とみるべきものである。本来ならば、入金、送金の決済をする次長などの担当者をだまして実行する犯行であるのに、この場合には、いずれも事情を知りながら、支店長の指示であるからやむを得ないと判断している点で、だまされていないのであつて、本来だまされる立場にある者が事情を知つているのであるから、詐欺罪が成立しないことは明らかであるが、だからといつて、電算機詐欺が成立するということにはならない。本来だまされるべき者が自ら情を知つて犯行に及んでいる以上、その支店の業務として、その負担において行為していると認められるから、横領ないし背任の財産犯が成立し、電算機の使用は、現実の入金、送金の手続きをするのに必然的に伴う行為に過ぎないとみるのが、実情に合つた見方であると考えられる。本件は、支店長が、銀行業務を離れて、たとえば他の銀行の端末機を使用し、あるいは夜中に銀行に現れてこつそり入力したり、いわゆるハッカーのように巧妙なソフトを開発してたとえば自宅から自己の口座に虚偽の情報を入力するなどしている場合とは異なる。すなわち、本件のように、支店長やそれに代わつて通常決済をすべき者が了解を与え、その了解のもとに、支店の業務として入金、送金の手続きが行われている場合には、入金、送金自体が架空のものということはできず、現実に入金、送金を行つたと見るのが相当であるから、この点で刑法二四六条の二の予想する犯罪類型と異なる行為と解される。
更に、電算機詐欺罪も、個人的法益を保護法益としている財産犯であるから、だれが被害者であるかを確定する必要がある。振込入金による送金の場合は、送金先に架空の預金が生じて、その払戻しが事実上可能になつていることに鑑みると、その送金先の金融機関が通常被害者とされなければならないのに対し、本件では、被告人は、あくまでも、自己の勤務先の信用金庫に被害を与える意図であると認められるし、客観的な行為としてもそのように解するのが相当である。被告人は、自己名義で入金、送金できる資金をあらかじめ用意していないのに入金、送金を命じている点では、虚偽の情報を入力させ、あるいは不正の手段を用いたこととなるように見えるが、しかし、支店長としての業務を行つている以上、その業務の中で、自己のために資金手当を講ずることができる立場にあると認められ、その立場を濫用して、業務としては許されない犯罪的手段(横領ないし背任)により資金手当を講じて、入金、送金を命じたものであつて、被害者は勤務先自体と見るのが最も自然である。
被告人は、捜査段階及び公判段階を通じて、信用金庫支店の金をいわば流用する意思であつたと供述していることからも、本件は、いずれもそのような意図による行為と見るのが相当である。
したがつて、被告人の本件各行為は、いずれも刑法二四六条の二の構成要件を充足しないと解されるから、主位的訴因については、これを認めることができないというべきである。
2 そこで、本件での被告人の行為が業務上横領罪、特別背任罪のいずれを構成するかについて検討する。
本件では、横領罪が成立しない場合に初めて背任罪の成否が問われる関係にあると認められるから、まず業務上横領罪の成否につき検討する。
横領行為というためには自己の占有する他人の物を領得することが必要であるが、支店長が勤務先の信用金庫の金庫内に保管するなどして占有している現金の一部を、自己の用途に当てるため持ち出し、これを係員のところに持参して、自己の口座に入金するように指示して同係員にこれを受け入れさせれば、もとより横領行為があつたものと認められ、その金銭は振込送金や入金の資金として再び銀行に受け入れられ、金庫内にしまい込まれ信用金庫のために支店長が再度占有することになる。しかし、このような行為過程を省略し、実際には金庫内から持ち出され金庫内に金銭が戻されたのと同様の行為があつたものとして、いわば占有改定がされたものと考えることにより、これをもつて横領行為と見ることができないかが問題となる。
確かに振込の方法で入金や送金をする前提として、通常は現金その他の財物の裏付けを必要とするが、資金手当をなす方法としては、必ずしも現金等の財物によらなければならないものではなく、たとえば信用供与があれば足りるものである。後者の場合信用供与の枠を超えて振込入金等をしても横領罪を構成するものではなく背任罪が成立すると解される。本件では、特定の現金の動きはなく、占有改定と見るのは観念的に過ぎると思われるうえ、仮に送金額が大きく、金庫内の現金保有高を上回る場合にはそのように解することは困難と考えられるから、端的に勤務先の全体財産に損害を与える行為として把握するのが相当である。
たとえば、支店長が自己の用途に供するために銀行小切手を振り出した事案につき横領でなく背任と解されているが、本来銀行小切手を発行するにはその資金的な裏付けを必要とするのであるから、これを用意せず右小切手を振り出した行為は、自己の管理する資金を占有改定により横領し、これを資金として受け入れることにより初めてその発行が可能になるとすることも、あながち不可能ではない。しかし、この場合においても、現実の資金の移動はなく、単に勤務先の財産的負担においてこれを発行したとみるのが自然であると考えられる。もつとも本件のように送金や入金をする場合には、前提となる資金があらかじめ用意されていなければならない面が、銀行小切手の発行の場合に比べて論理的には強く働くことは否定しがたいと思われるが、現実の資金移動を伴わないことや、勤務先の財産的負担により入金、送金するという点を考えると、両者の間に実質的な差異はないものと解するのが相当である。
そうすると第一次予備的訴因の業務上横領罪は成立せず、第二次予備的訴因の特別背任罪を認定するのが相当である。
もつとも、その場合、入金、送金が現実に行われるとする以上、その前提として、入金、送金を可能ならしめる資金的手当が必要であり、厳密には、その点において犯罪が成立するという形で犯罪行為を把握する必要があるのではないかという点が問題となりうる。すなわち、もし横領行為が資金的な特定性を欠くという理由で否定するならば、背任としてとらえるべき行為は、入金、送金の前提として資金的手当を講ずる点に求めるべきではないかという点である。弁護人が入金、送金のための伝票に出金印を押捺した行為をもつて背任行為に当たると主張しているのも、この点を念頭に置いているものと考えられる。しかし、本件では入金、送金行為がない限り犯罪の実行の着手はないと解されるのであつて、その行為により財産上の損害が生ずるのであるから、その損害の内容を具体的に考察すれば、認定のとおりの損害が生じたものと見るべきである。したがつて、本件についてはいずれも特別背任罪の内容として追加を命じた第二次予備的訴因のとおり認定するのが相当と判断する。
(量刑の理由)
一 本件は、信用金庫の支店長の地位にあつた被告人が、その任務に背き、二回にわたり、被告人が永年勤務してきた甲野信用金庫に七四〇〇万円もの多額の損害(ただし、第二については即日一五〇〇万円を調達して損害を補てんし、その後二〇〇万円を弁償している。)を与えた事案である。被告人は、甲野信用金庫に入庫以来順調に昇進し、なんら不自由のない生活環境にあつた。にもかかわらず、昭和六一年ころから生活が乱れ始め、自己の本来の職責のかたわら、スナックの経営資金を知人に融通したり共同事業での株式投資や映画製作に資金を提供して、いわゆる副業を行い、自己の支店長としての信用を利用してその事業資金・返済資金の調達を続けたが、いずれも失敗し、このような状況が勤務先に知れることを避けようとしてやり繰りを続けるうちに、負債は雪だるま式にふくれ上がり、平成二年末ころには、自己名義の債務のみで約七億円、保証債務をも合わせると合計約三三億円という途方もない額の債務を負うに至つた。その結果連日数千万円単位の返済資金を必要とするほどの事態に立ち至り、ついにその調達ができず、支店の資金を流用するほかなくなつて、本件各犯行に及んだものである。
二 本件でまず指摘すべきは、信用が重んじられるべき金融機関の、しかも業務全般を統轄・監督する立場にあつた支店長によつてなされた犯行という点である。被告人の行為は、課せられた職責に著しく背く行為であるうえ、永年勤めた信用金庫から寄せられてきた信頼を裏切り、同金庫のみならず、金融機関の社会的信用を損なつたものである。犯行の原因も、被告人が、金融機関に勤務する者としての基本的なモラルを欠き、公私混同を生じたことにあるのであつて、この点において厳しい非難を免れない。また、その被害は多額であり、被告人の巨額の負債額、現在の地位等に照らしても弁償の見通しは困難と考えられる。以上の諸点からすると、被告人の形責はまことに重大である。
三 他方、被告人は、本件発覚後は、素直に犯行を認め、事案の解明に協力し、前記のとおり一七〇〇万円を弁償し、更に不首尾には終わつているものの弁償、示談のための努力をしている。被告人には前科がなく、昭和三二年入庫以来六一年ころまでの約三〇年間は、家庭を顧みないといえるほど、仕事中心に、まじめに働き信用金庫のために貢献をしてきたものであり、被告人も述べるように、いわば人生のすべてであつた甲野信用金庫をこのようにして裏切つてしまつたことに対する後悔の念、反省の情も深いと認められる。
四 しかしながら、これらの被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人の犯した罪の重大性にかんがみると、主文の刑に処するのが相当である。
検察官 金田泰洋、同山下貴司、同内田匡厚公判出席(求刑 懲役五年)
(裁判官 小出じゆん一)